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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)80号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二ないし第四号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであることが認められる。

(一) 本願発明は、固体撮像素子を利用した複写機やフアクシミリなどに使用される読取り方式に関するもので、従来のこの種の読取り方式には、可動系を移動させて原画像を副走査しながら固体素子で主走査して読み取り、可動系を元の位置に復帰させてから再び原画像の読取りを同様に行う固体走査装置が用いられていたが、このような固体光走査装置は、可動系の復帰時に原画像の読取りを行わないので、原画像の読取りを連続して行うときは読取り速度が遅くなつて、これをフアクシミリ等に用いたときには送信コストが高くなり、この場合、可動系の読取り速度を高めることも考えられるが、その機構部の衝撃が大きくなる等の欠点があつた(本願明細書第一頁第一一行ないし第二頁第七行、昭和五八年一二月八日付け手続補正書第二頁第三行ないし第六行)との知見に基づき、右欠点を除去し、読取り速度を高くできるとともに可動系の高速度復帰が不要な読取り方式を提供すること(本願明細書第二頁第八行ないし第一〇行)を目的として、

(二) 特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成(昭和五九年七月三日付け手続補正書別紙第三行ないし第一五行)を採用し、

(三) 右構成によつて、画信号の処理で主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して正方向と逆方向に切り替えあるいは主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して逆方向と正方向に切り替えるので、副走査用可動系の一往復で二回の読取りを行うことができて、読取り速度が従来装置の約二倍になり、かつ、フアクシミリ等で画信号の送信を行う場合には送信コストが低減され、しかも可動系の高速度復帰を行う必要がなく、機構部の衝撃が少ない(本願明細書第八頁第一〇行ないし第一七行、昭和五八年一二月八日付け手続補正書第二頁第一〇行、第一一行、昭和五九年七月三日付け手続補正書第二頁第一〇行ないし第一五行)という作用効果を奏する。

これに対し、第一引用例には、一回の往復で原画像を正方向と逆方向に二回副走査し一回の原画像読取りにつき副走査を一回行う可動系と、この可動系により副走査された原画像を複写層支持体上に投影する正立系光学装置と、この正立系光学装置の向きを正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して光軸に垂直な面内で九〇度回転させる手段を具備し、前記可動系の一回の往復につき原画像の読取り複写を二回行うようにした読取り複写方式が開示されていることは、当事者間に争いがない。

2 原告は、本願発明と第一引用例記載のものとの審決認定の相違点、すなわち、本願発明は、原画像を画信号に変換し主走査を可動系の往動時及び復動時に一定の方向に行う固体センサーと、この固体センサーからの画信号の処理で主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して正方向と逆方向に切り替える手段を具備しているのに対して、第一引用例記載のものでは、原画像を複写層支持体上に投影する正立系光学装置と、この正立系光学装置の向きを正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して光軸に垂直な面内で九〇度回転させる手段を具備している点についての審決の認定、判断は誤りである旨主張する。

(一) そこで、まず、前記1認定の事実に基づき、本願発明と第一引用例記載のものにおける原画像(原本)の走査の態様について検討すると、本願発明は、原画像の主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査とに対応してそれぞれ正方向と逆方向に切り替え、もつて、副走査の方向に関係なく原画像の直写正像(副走査方向に対して正逆を反転させた像)を得るようにしたものであるのに対し、第一引用例記載のものは、原本の正方向の副走査と逆方向の副走査とに対応して旋回可能な正立系光学装置を九〇度旋回させ、もつて、副走査の方向に関係なく原本の直写正像(副走査方向に対して正逆を反転させた像)を得るようにしたもので、本願発明と第一引用例記載のものは、共に副走査の方向に関係なく原画像(原本)の直写正像が得られるものである点において走査の態様が共通であるが、本願発明は主走査の方向を副走査の方向に関連させているのに対して、第一引用例記載のものは主走査を全く行わずに正立系光学装置の旋回方向を副走査の方向に関連させている点に違いがある。

次に、本願発明と第一引用例記載のものにおける原画像(原本)の走査によつて得られる信号(それに対応した光像)の形態について検討すると、本願発明において原画像を走査することによつて得られる信号は、原画像を構成している各画素を所定の順序で順次抽出することによつて得られる信号で、しかも右所定の順序が主走査の方向と副走査の方向の双方に密接な関連を有しているものであるのに対して、第一引用例記載のものにおいて原本を走査することによつて得られる信号に対応する光像は、原本の副走査方向に対して一定の幅の領域の光像を順次抽出することによつて得られる光像であつて、右抽出の順序は単に副走査の方向に関連するにすぎない。

審決は、前記相違点を判断するに当たり、「像の左右関係を逆転させることができるものであれば、正立系光学装置に限らず、これに代えて電子回路装置を用いてもよいことは、当業者が適宜容易に想到できる程度のこと」と判断している。

一般に、電子回路装置によつて処理される信号は、電気信号の形態を有するものであることは技術上自明であるが、第一引用例記載の正立系光学装置に入力されるものは光像それ自体であるから、第一引用例記載のものにおいて、その正立系光学装置に代えて電子回路装置を用いるには、右光像を電気信号に変換することを要し、その場合、右変換は当然に光像を複数の光―電気変換素子によつて受け、右複数の光―電気変換素子からの電気的信号出力を順次得るようにした走査によつて行うものであると考えられる。

しかしながら、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例記載のものにおいては、正立系光学装置に入力される光像はその副走査方向において一定の幅の領域を有する縞状セグメントとして構成されており、右縞状セグメントの幅については第一引用例に明示的な記載はないが、複式対物レンズ5、6やアツペプリズム7で像を処理していることが認められるところから判断して、一列に並置された複数の光―電気変換素子が同時に受ける光像の幅、換言すれば電気的主走査における一走査線の幅(一列に並置された画素の幅)と同じ位狭い幅のものであるとは到底考えられないから、第一引用例記載のものにおいて、電子回路装置を用いて原本の正確な読取りの像を得ようとしたときには右縞状セグメントを幅方向に何回か主走査を行わねばならないことが明白である。

また、第一引用例記載のものにおける光像の逆転は、正立系光学装置という特殊な構造をもつた光学系の旋回という手段によつて右光像の左右だけでなくその前後をも逆転させているものであるのに対して、電子回路装置を用いた像の逆転は、原画像の極めて狭い範囲にある一列に並置された画素からの情報を電気信号の形として読み取り、このようにして得られた電気信号をメモリを含む電子回路装置において、メモリへの書込みの順序及び読出しの順序をそれぞれ制御することにより右情報の順序を逆転させるような情報処理手段によつて逆転させているもの(このことは前掲甲第二ないし第四号証によつて認められる本願明細書の記載事項から明らかである。)で、正立系光学装置を旋回させることによる光像の処理と電子回路装置における情報処理手段による電気信号の処理とは、明らかに異質の信号(光像)の処理であると認められる。

したがつて、第一引用例記載の正立系光学装置を電子回路装置に代えたとしても、直ちに代替前の第一引用例記載のものと同等の複写作用が得られるようにはならないと認められるから、正立系光学装置に代えて電子回路装置を用いることには相応の困難性があり、右変更は当業者が適宜容易に想到できる程度のことであるとはいえないことが明らかであつて、審決の前記判断は誤りというべきである。

右の点に関して、被告は、第一引用例記載のもののように原本を縞状セグメントで走査する型式のものは縞状セグメントが原本の前後方向に一定の幅を有しているが、固体センサーは極めて細い線状をもつて縞状セグメントからの光像を受光しこれを電気信号に変換するものであるから、前後方向の関係を無視しても全く支障がない旨主張する。

しかしながら、縞状セグメントの前後方向(副走査方向)の幅が電気的な走査を行う際の一走査線の幅に相当する程度の極めて狭い幅であれば、その前後方向の関係を考慮しなくても差支えないといえるが、前記認定のとおり、第一引用例記載のものにおける縞状セグメントは、正立系光学装置を用いて光像の処理を行つている(光像を原本から光学的に検出し、右光像を必要に応じて旋回させ、複写体に光学的に投影している)ために、縞状セグメントの前後方向の幅は当然に電気的な走査を行う際の一走査線の幅よりも相当広幅となり、その場合に原本の正確な読取り像(複写像)を得ようとすると、その前後方向の幅を何回かに分けて主走査しなければならないと考えられるから、その前後方向の関係を無視することはできない。したがつて、被告の前記主張は理由がない。

また、被告は、光―電気変換技術の利用によつて光学装置の一部を電子回路装置に置き替えることは本件出願前周知であるから、第一引用例記載の光学装置に代えて光―電気変換素子を含む電子回路装置を採用することは、当業者が容易に想到できることである旨主張する。

本件出願当時、光―電気変換技術の利用によつて光学装置の一部を電子回路装置に置き替えることが周知であつたことは当事者間に争いがない。しかしながら、右周知の置き替えは、信号の性格が単に光学的信号と電気信号という違いのみで、しかも信号処理の目的が両者に共通の場合のみであつて、本願発明と第一引用例記載のもののように、原画像(原本)に対する直写正像が得られる点で共通性を有するにすぎず、信号の性格が異なる(本願発明は主走査と副走査とを併用したことによる信号形成であるのに対し、第一引用例記載のものは副走査による信号形成)ばかりか、信号処理の目的も異なつている(本願発明は副走査の向きに応じて主走査の向きを変更するようにしたのに対し、第一引用例記載のものは副走査の向きに応じて像の方向を変更するようにした)場合は、右周知の置き替えを行つたものに該当するということはできず、このことを理由に第一引用例記載の光学装置に代えて光―電気変換素子を含む電子回路装置を採用することは、当業者が容易に想到できることであるとは認められない。したがつて、被告の前記主張は理由がない。

(二) 次に、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例記載のものは、情報伝達速度を高めるために書込みヘツドを双方向走査させて書込み動作を行わせるフアクシミリの走査方式に関するもので、読取りヘツドを走査して情報を読み取り、該読取り信号を単位走査線毎に記憶手段に収納し、該記憶された信号を双方向走査する書込みヘツドの移動方向と同方向に導出して記録再生するようにしたフアクシミリの走査方式の構成を採用し、この構成によつて、従来のフアクシミリ装置において、メモリと読取りヘツドや書込みヘツドを用いて信号の書込みや読取りを行う場合に走査は全て左―右の一方向のみで行つていたものを、奇数行の走査は従来どおり左―右の方向に行うが、偶数行の走査はそれとは逆に右―左の方向に行うようにしたことにより情報の記録再生速度を高めるという作用効果を奏することが認められる。

審決は、前記相違点について判断するに当たり、「第二引用例記載のものはメモリからの信号導出を左右に切り替えている電子回路装置であつて、これは像の左右関係を逆転させているものとも把握することができる」旨認定している。

そこで、第二引用例記載のものにおける一行の走査(ここに「一行の走査」とは、第二引用例の前記記載事項からみて、一方向に一回行う走査を意味する。)が審決のいう「像」に該当するか否かについて検討すると、審決のいう像の概念は必ずしも明白ではないが、審決が本願発明は第一引用例記載のものに第二引用例記載のものを適用することにより容易に発明をすることができたものであると認定、判断しているところから見て、第一引用例記載の縞状セグメントから得られる像に対応したものであると解される。

しかしながら、第一引用例記載のものの像は、前記(一)認定のとおりその副走査方向(前後方向)に相応の幅を有するから、正確に像を電気的に読み取りかつ複写させるにはその副走査方向(前後方向)に何回もの主走査を行うことが必要であるが、第二引用例記載のものにおける一行の走査は、一本の走査線から成るため一列の並置した画素の大きさで決まる極めて細い幅を有し、かつ主走査方向に対しては一回の走査を行つているにすぎないから、この点において両者は相違しており、第二引用例記載のものにおける一行の走査は通常の概念における像の範ちゆうに入るものとはいえない。

したがつて、第二引用例記載のものは像の左右関係を逆転させているものと把握することができるとした審決の前記認定は誤りというべきである。

さらに、審決は、「第二引用例に開示された技術的思想を第一引用例記載の正立系光学装置の代替技術として採用して、画信号の処理で主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して正方向と逆方向に切り替えるようにすることは、当業者の容易に推考できる域を出ない」と判断している。

しかしながら、前記認定事実によれば、第二引用例記載のものは、メモリからの信号導出の走査方向を一行置きに左右に切り替えているもので、その技術手段は広い意味で電子回路装置ということができるが、左右関係を逆転させているのは、一行置きの走査方向であつて像ではないというべきであるから、第一引用例記載のものにおける像の左右関係を逆転させる手段と第二引用例記載のものにおける走査方向の左右関係を逆転させる手段との間には、技術的に直接の関連性がなく、第二引用例に開示された技術的思想を第一引用例記載の正立系光学装置の代替技術として採用することの必然性はない。

したがつて、当業者にとつて、第二引用例に開示された技術的思想を第一引用例記載の正立系光学装置の代替技術として採用することは容易に推考できたこととはいえないから、審決の前記判断は誤りというべきである。

右の点に関して、被告は、第二引用例記載のものは、受信した信号の順序のままで主走査の方向を逆にして書き込めば一走査線毎に画像(成分)は左右が逆転したものとなるところを、信号導出の方向の切り替えによつて左右を逆転させるという処理過程を挿入することにより結果的に正像を得るようにしているものであるから、「左右を逆転する手段を用いているものと把握できる」とした審決の認定に誤りはない旨主張する。

しかしながら、第二引用例に開示された技術手段は、前記認定のとおり、広い意味での電子回路装置であり、メモリからの信号導出を一本置きの走査線毎に左右に切り替え原画像(原本又は目的物)の直写正像を得るようにしたものであるが、左右関係を逆転させているのは一本置きの走査線の走査方向である。そして、一本の走査線は、一列に並んだ画素(画像成分)の集合から成るものであるとはいえるものの、単に走査という手段を用いて信号導出を行う際の導出箇所及び導出順序を規定しているにすぎず、右一列に並んだ画素(画像成分)それ自体は、一般にいう像の概念の範疇に含まれず、像として認識することができないものである。したがつて、被告主張の信号処理の点を考慮したとしても、第二引用例記載のものを像の左右関係を逆転させているものと把握することはできないから、被告の前記主張は理由がない。

3 以上のとおりであるから、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点について判断するに当たり、第一引用例記載のものにおいて、その正立系光学装置に代えて電子回路装置を用いてもよく、右の場合に第二引用例記載の技術手段を採用することは当業者が容易に想到することができるとした審決の認定、判断は誤りであつて、本願発明が周知の固体センサーを用いることの技術的意義について検討するまでもなく、本願発明は第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明及び周知技術を採用することにより容易に発明をすることができたものといえないから、審決は違法として取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

一回の往復で原画像を正方向と逆方向に二回副走査し一回の原画像読取りにつき副走査を一回行う可動系と、この可動系により副走査された原画像を画信号に変換し主走査を前記可動系の往動時及び復動時に一定の方向に行う固体センサーと、この固体センサーからの画信号の処理で主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して正方向と逆方向に切り替えあるいは主走査の方向を正方向の副走査と逆方向の副走査に対応して逆方向と正方向に切り替える手段とを具備し、前記可動系の一回の往復につき原画像の読取りを二回行うようにしたことを特徴とする読取り方式。(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

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(以下省略)

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